TV.実践女子学園
実践女子学園TV講座のインターネット配信がはじまりました。従来はケーブルテレビを通した配信のみでしたが、これからは地域を問わずご覧いただけます。
女子教育の原点をたずねて ―下田歌子―
(収録 2004年)
卒業式のときは必ず父兄の方に向かって..
「私は大事な子供を3年間あるいは5年間あずかりました。そして今、滞りなく、ご両親に自慢してお渡しするだけの教育はしたつもりです。自信を持ってお返しいたします。どうぞ、これからも私の子供であり、貴方の子供でありますから、大切にお育てください。」
下田歌子
1854年 岐阜県岩村町に生まれる。1899年に実践女学校ならびに女子工芸学校を開校。
ふるさと
安政元年(1854年)に岩村藩士・平尾家に生まれる。
学問、詩歌を好む。
明治4年(1871年)、18歳のとき上京。
欧米留学
明治26年(1893年)、40歳のとき、皇女教育の調査、先進国の女子教育視察のためヨーロッパ留学。およそ2年間、イギリス、フランス、アメリカ等欧米8カ国を歴訪。
日清戦争から、国が栄えるための根本は、女子、それも中流、庶民への教育こそが必要という信念を持つ。
明治28年(1895年)、ビクトリア女王と謁見。
欧米留学
明治26年(1893年)、40歳のとき、皇女教育の調査、先進国の女子教育視察のためヨーロッパ留学。およそ2年間、イギリス、フランス、アメリカ等欧米8カ国を歴訪。
日清戦争から、国が栄えるための根本は、女子、それも中流、庶民への教育こそが必要という信念を持つ。
明治28年(1895年)、ビクトリア女王と謁見。
実践女学校の開校
帰国後、著作等で欧米での経験をもとに一般の女子の教養向上をうったえる。
明治32年(1899年)、帝国婦人協会内に付属の実践女学校、女子工芸学校を設立。明治36年(1903年)に渋谷に移転。「みなさんも学生としての態度を発揮しないといけない」と熱弁をふるった。社会における女性の役割を強く意識していた。
今に生きる下田歌子の教え
実践女子学園の伝統は、きちんと真面目な姿勢を持っているということ。
下田歌子の教え「世の中の弊を正せ」。
女性こそ賢くあってほしい。「賢母良妻」。賢い母親に育てられた子供が、社会の変革を担っていく。
「女子大」という個性。
女性自らが開拓していかなければならない。
下田歌子は、ご自分に子供はないが、新入生という子供が増えた喜びにあふれていた。
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